妊娠中は、体が赤ちゃんを育てるためにたくさんの栄養素を必要とすることは、ご存知の方も多いと思います。赤ちゃんのために栄養を摂りたいと思う反面、「悪阻で全然食べられない」「お腹が大きくなってきて量を食べようとすると苦しい」など、思い通りに食事が取れないこともあるかもしれません。
妊娠中は多くの栄養を必要としますが、中でも特に重要な栄養素の1つが「鉄」です。この記事では鉄が妊婦にとってどのような役割を果たしているか解説します。
鉄の役割
鉄は、ヘモグロビンの主要な構成要素であり、酸素を体中に運ぶ役割を果たします。また、鉄は細胞の代謝にも不可欠であり、エネルギー産生や免疫機能にも関与しています。妊娠中は、胎児の成長と発達により多くの鉄が必要とされるため、鉄の摂取量を増やすことが重要です。
妊娠期は鉄の必要量が増える
妊娠中は、摂取すべき鉄の量が、通常時と比べて増加します。これは、胎児の成長と母体の生理的変化により血液量が増加するためです。日本人の食事摂取基準によると、妊娠初では日常の摂取量に2.5mgの追加が必要であり、中期や後期では9.5mgの追加が必要とされています。
妊娠初期
胎児の器官形成が活発に行われる時期で、胎盤や臍帯(さいたい)、胎児の鉄の貯蔵に加えて、母体の血液量が増加します。
妊娠中期~後期
妊娠中期から後期にかけては、胎児の成長に伴って赤血球量の増加や、臍帯や胎盤中への鉄の貯蔵により母体の血液量が増加します。
参考文献:【1】【2】
妊娠中に鉄欠乏になるとどうなるの?
妊娠期の鉄不足による影響は主に下記の4つがあげられます。
1 貧血
鉄が不足すると、赤血球の生成が減少し貧血になる可能性が高まります。貧血になると、体が酸素を効率的に運べなくなり、疲れや倦怠感が生じるだけでなく、胎児の発育にも悪影響を与える可能性があります。
2 早産
妊娠中の貧血は、胎児に十分な酸素が供給されないため、早産のリスクを増加させるとの指摘があります。
3 胎児の発育不良
鉄が不足すると、胎児への酸素供給が不十分になる可能性があります。これによって、胎児の発育が遅れたり、低体重出生児として生まれたりなど、リスクが高まることがあります。
4 産後の回復の遅れ
出産後、貧血が続くと、母親の回復が遅れるとの指摘があります。出産後の疲労感や体力の低下が長引くことがあります。
参考文献:【3】
お腹の中での栄養状態が、将来の健康に影響!?~DoHaD仮説~
DoHaD(Developmental Origins of Health and Disease)仮説とは、「子どもの将来の健康や、特定の病気へのかかりやすさが、胎児期や生まれてからの環境の影響を強く受けて決定される」という概念のことです。これによると、妊娠前や妊娠中の栄養状態は、胎児の健康に重要な影響を与えることが知られています。
低出生体重児(出生時体重が2,500g未満)が、その後に心筋梗塞や高血圧、2型糖尿病、肥満といった成人病を発症するリスクが高いことも疫学調査で明らかになっていることからも、妊娠期の栄養状態は、将来の子どもの健康においてとても重要と考えられます。
参考文献:【4】
産後鬱(うつ)との関連
「私はダメな母親だ」と自分を責めたり、自信をなくしたり、他にも気分の落ち込みや意欲の低下、育児不安が強くなることが産後のうつ病の特徴ですが、妊娠中の鉄不足が産後うつと関連していることを支持する研究があります。
Wassefら(2019)による文献レビューによると、「貧血や鉄貯蔵量の減少」が、産後うつのリスク因子として特定されました。これは、鉄不足が脳の機能や精神状態に影響を与えることを示唆しています。妊娠中の鉄摂取は、産後の心の健康を保つために重要です。
参考文献:【5】
鉄摂取の仕方
妊娠中の鉄摂取の推奨量は、通常の成人よりも高くなるため、食品だけでなくサプリメントも併用されることもあります。サプリメントは、医師の指示に従って摂取しましょう。
鉄を多く含む食材を組み合わせて食事を計画することも効果的です。鉄を豊富に含む食品としては、赤身の肉(牛肉、豚肉など)、貝類、レバーなどがあげられます。また、非ヘム鉄の場合、鉄の吸収を促進するためにビタミンCを含む食品と一緒に摂取すると吸収率が良くなると言われています。詳しくは、こちらの記事も参考にしてみてください。
まとめ
鉄は、妊娠期における重要な栄養素であり、母体と胎児の健康に深く関連しています。妊娠前からの適切な栄養摂取は、健康な妊娠と胎児の発育、また産後の心身の健康にも不可欠です。積極的な鉄の摂取で母子ともに健康な体を作りましょう。
オーソモレキュラー栄養療法では、特定の不足栄養素を補う前に、基礎的な栄養素(主に、タンパク質、鉄、ビタミンB群)がヒトの体の土台作りの材料として重要と考えています。これらの栄養素の体内バランスを整えた上で、不足している栄養素を補うことで、健康維持や不調の改善を目指します。
参考文献
【1】厚生労働省 日本人の食事摂取基準(2020年版) 鉄
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/eiyou/syokuji_kijyun.html
【2】MSDマニュアル プロフェッショナル版 妊娠中の貧血
https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/18-婦人科および産科/妊娠中の合併症/妊娠中の貧血
【3】MSDマニュアル 家庭版 妊娠中の貧血
https://www.msdmanuals.com/ja-jp/home/22-女性の健康上の問題/妊娠時に起こる病気/妊娠中の貧血
【4】宮崎亮一郎(2019)「DOHaD(Developmental Origins of Health and Disease)仮説―我が国の周産期の現状と今後の課題―」 日本産婦人科医会
https://www.jaog.or.jp/
【5】Wassef, A.,et al. 「Anemia and depletion of iron stores as risk factors for postpartum depression: a literature review」 Journal of Psychosomatic Obstetrics & Gynecology, 2019; 40(1): 19-28.
水流 琴音(つる ことね)
「暮らしのなかで自然にふれる」やさしい食を台所から育む
【所持資格】
管理栄養士、一般社団法人オーソモレキュラー栄養医学研究所 認定ONP(7期)
【活動・経歴】
フリーランス管理栄養士として活動中。
オーソモレキュラー栄養療法を取り入れたクリニックで栄養カウンセラーとして勤務。
また、クリニックでの栄養療法の導入支援やスタッフ研修も行っている。
その他、フリーランスとして予防医療に関する発信や執筆、一般向けセミナー講師としても活動中。
【SNS】
Instagram
【認定ONPとは】
オーソモレキュラー・ニュートリション・プロフェッショナル(ONP)は、一般社団法人オーソモレキュラー栄養医学研究所が認定する栄養カウンセラーの資格です。認定ONPはオーソモレキュラー栄養医学の正しい理論に基づく、栄養素の知識、血液検査データの解釈、病態別栄養アプローチ、食事指導のプロフェッショナルとして、医療機関などで活躍しています。
また、同法人では、一般の方を対象としたオーソモレキュラー栄養療法の概要、食生活の指針、食品・サプリメントについてなど、最先端の栄養健康学のポイントを学べるオーソモレキュラー・ニュートリション・サポーター(ONS)講座を開講しています。